地球温暖化がハリケーン等の異常気象や熱帯性の疾病の増加等を引き起こす重大な問題であることはいうまでもない。その対応の一環である排出権取引とは、京都議定書で規定された「京都メカニズム」のうちの一つで主に地球温暖化の原因である温暖化ガス(二酸化炭素、メタン等)の排出量削減を目指す枠組みである。国内で考えられているのは、最初に企業に設定された排出権を割り振り、それを超えない範囲で排出を行なうことが義務づけられる。そして、排出権は自由に取引することができる。換言すると、排出権を超えて排出をしたい場合は他の主体から買い取り、使わない分の排出権は他の主体に売ることができるのだ。[1]日本では2008年に試行運用が開始された。
では、環境税や直接規制等他のアプローチとは何が違うのだろうか。この取引制度の最大の特徴として、柔軟性が挙げられる。最初に設定した排出権が景気状況や収入等によって不足しても他企業から購入することもできるのだ。
なぜこの制度が環境問題の改善につながるのだろうか。「排出権」の上限の存在と、「売買可能性」の存在から説明できる。まず、排出権の上限が義務づけられることによって排出量を抑えることができる。原則として追加で排出権を国がまた与えるということはないため、企業間の取引があったとしても全体のパイが増えることは無いのだ。次に売買可能性だが、企業としては「余った分を他企業に売り利益にすることができる」ことから、費用が少ない排出方法を選択するインセンティブを企業に与えるため全体として効率的な排出方法になる。[2]
ただし、環境に配慮する設備投資にコストはかかり過去に日本経団連・電事連・経済産業省が反対したことは記憶に新しい。企業に負担を強いるばかりか、価格の上乗せという形で消費者に負担が転嫁される可能性も挙げられている[3]。対応策として、政府による補助金等は必要だという声もある[4]。また、より制限の少ない国への生産のシフトが起き日本としての経済活動が停滞し国際競争力を損なうという指摘もある[5]。 特に原発事故後に火力発電の度合いが増え、経済復興が優先課題であることを考えると、今行なうべきかどうかに関しても争いがある。
では、他国ではどうだろうか。イギリスやカナダの一部がこの制度を導入した。また、欧州では二酸化炭素に限定し、排出許可をとらなくては排出することができなくなるような枠組みで排出権取引制度が導入されたが、炭素集約的産業(火力発電、ガラス、鉄鋼業界等)企業のインセンティブを変えたことが検証できたと日本の環境省も評価している[6]。なお、欧州では2013年から新たな段階に入ることから、対象部門の拡大等を目指している。韓国や中国も将来的な実施を検討している[7]。
排出権取引制度を考える上で重要なのは、経済的な利益と環境の利益をどのようにしてバランスをとるかである。今日、「世代間倫理」(次の世代に対して責任を負っていること)が京都議定書等で認められる傾向にある以上、人間にとって住みやすい環境を次の世代にも提供する必要性があるようにも思える。しかし同時に、企業の経済的活動は私たちの日々の生活にも直結している。したがって、どちらも重要な利益であることは言うまでもないが、どちらの価値を優先するかにおいて議論が必要である。
ところで、現在日本で制度設計に時間がかかっている理由は何だろうか。それは、各企業の排出権の割り当てをどのようにして公平に算出するかにおいて対立が起こっていることや、どのような監視制度を導入するかの制度設計で合意がとれていないのだ。また、病院等命や健康に関わるいい上ある程度経済活動が必要な企業はどうするか、仮に病院等に特別扱いをする場合はどのようなカテゴリーの企業が特別扱いに値するのか等で議論が行なわれている。他にも、紛争が起こった際行政法上どのような法的性格として位置づけるかという議論もなされている。[8]
また、留意すべき点として環境問題は複合的なアプローチが必要だという点である。前述したような環境税や、国としての排出権取引制度導入、途上国等への環境に配慮した技術援助等もあわせて議論することが肝要である。[9]
今回の選挙に置いて排出権取引制度は大きな政策論点にはなっていない。どの党も他の政策を優先したと思われる。
当然だが、どの政党も環境問題の解決は合意している。今回の選挙において明示的に排出権取引制度を押している政党は無かったが、過去に民主党、公明党、社民党、共産党は排出量取引制度の導入を支持していた。
残りの政党は大きく取り上げていない。