安倍政権は、政府・日本銀行の連携による金融緩和政策により、デフレ・円高からの脱却を目指す。マネタリーベース(供給される通貨の総量)を2012年末の138兆円から、2014年末に270兆円に増加させることを表明する1など、大規模な「量的・質的金融緩和」は世界に大きな影響を与え、為替相場も対ドル・対ユーロ共に一気に円安に動いた。安倍政権は今回の大胆な金融政策によって、インフレ率2%の達成と約15年続くデフレからの脱却を目指す。
G20やOECD、IMFなど、世界中がアベノミクスによる日本経済の復活に期待感を示している。円安による通貨安競争の激化等のリスクへの懸念はあるが、長引くデフレや世界金融危機からの回復の遅れが指摘されてきた日本が再び経済を回復させることで、世界経済に良い影響を与えるという楽観的な見方が多い。
今回の大規模な金融政策を始めとするアベノミクスの影響を受けて、4月22日の東京株式市場ではキヤノンや日産自動車など主要な輸出企業が相次いで年初来高値を更新した。これは市場が、日本企業の収益が大幅に改善するという評価をしていることを示す。1ドル=100円の水準が定着した場合、主要企業の2013年度の経常利益は前年度比で45%増加するという大和証券の見通しもあり、輸出企業の力強い後押しを受けて日本は経済大国の復活に向けて進んでいるとも見える。2
実態経済が回復せずに消費が拡大していない状況で、日銀が通貨の供給量を一気に増加させることにより、資産バブルが起こるリスクがある。また、貨幣の「需要」がない状況では、安倍政権の狙うマネーストックの増加は実現しないという批判もされている3。さらに、円安により原材料の輸入価格が上昇しており、4月からは食品やティッシュペーパー等が値上がりしている。日常品が値上げされることで人々の生活が厳しくなると同時に、消費も抑制される懸念がある。4
安倍政権や日本銀行は、アベノミクスによるデフレ脱却と円安による企業業績の改善で、労働者の賃金が増加すると主張する。しかし、技術進歩と労働のグローバル化等によって先進国では労働分配率(生み出される付加価値に対する人件費の配分)が低下傾向にあるというILOの分析をもとにすると、仮に、輸出企業を中心に業績が改善したとしても、賃金の上昇にはつながらない可能性がある。5
金融政策とは、日本銀行が公開市場操作(オペレーション)等の手段によって金融市場における金利の形成に影響を及ぼすことで、通貨および金融の調節を行うことを指す6。アベノミクス「三本の矢」の一つである金融政策は「リフレーション政策」と呼ばれ、これまでの金融緩和を大幅に超える規模での金融緩和を中心に、緩やかなインフレによる経済成長の実現を目指している。具体的には、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を2年程度の期間で早期に実現することを目標に、マネタリーベースおよび長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上に延長するという政策である7。日銀の黒田総裁が「並行して、政府が『実需』を作り出し、消費・投資の拡大を通じて賃金・雇用を増加させることができれば、実体経済が改善する中で、物価上昇率が徐々に高まっていくという好循環が生まれる」と述べている1ように、リフレ政策は、消費が供給を超える場合に限って紙幣増刷由来のインフレが発生するという理論に基づいており、消費の拡大を前提としている。そのため、安倍政権は「三本の矢」として財政政策と経済成長戦略と共に、金融政策を位置づけている。
しかし、アベノミクスはインフレによる資産バブル等の大きなリスクを抱えた政策であることから批判する声もある。円安は、輸出企業の業績拡大というメリットとともに、輸入に頼らざるを得ない食料・原材料・資源といった品目では値上がりが起こる。アベノミクスによる金融政策が景気を回復させるとしても、所得・雇用の拡大等によって国民に利益を還元することが出来なければ、むしろ日用品の値上げによって生活は苦しくなるという状況が考えられる。
現時点では、アベノミクスは世界からおおよそ高い評価を得ていると言える。それは、日本の経済成長が世界経済の成長に寄与すると考えられているためだ。しかし、好意的な意見ばかりではなく、ドイツやブラジルの財務大臣は、日本が金融政策によって通貨安を誘導しているのではないかと懸念している。G20の会合でも、「為替レートを目的とせず、通貨の競争的な切り下げを回避する」という方針を確認している8。日銀の黒田総裁や麻生財務大臣が通貨安ではなくデフレからの脱却を意図しているとして懸念を否定したが、外需依存を強めている日本にとって、円安は貿易収支を再び黒字化させる要因である。しかし、各国が通貨安を誘導することで通貨安競争となれば、国際摩擦を強める原因となりかねない。また、日本が安定した成長をするためには金融政策だけでは不十分で、構造改革による財政の健全化が必要であると指摘されており、アベノミクスの今後を注視する必要がある。
金融緩和推進派は政府と日銀の合意のもと、物価上昇率の設定など、強力な金融緩和策によってデフレ脱却と経済成長を目指す。自民党はアベノミクスの三本の矢として、日銀と共に大規模な金融緩和策を実行している。維新の会、みんなの党(ただし、安倍政権が主張する公共事業推進には反対)、公明党も同様に大規模な金融緩和策を支持している。
民主党・生活の党は金融緩和策には賛成の立場を示してきたが、安倍政権下で行われている大規模な金融緩和策に対しては、国民生活へのリスクが高すぎるとして反対している。民主党は先日の党首討論で、バブルが生じるリスクや円安に伴物価上昇を批判している。9
共産党・社民党は、金融政策の持つリスクと過去の金融緩和策で景気回復に失敗したことを踏まえて金融緩和に明確に反対しており、国民の所得を増やすことで内需の拡大と経済成長を目指す。共産党の志位委員長は、金融緩和による投機やバブルのリスクを批判している。10 社民党の福島党首もインフレが国民生活に悪影響を与える主張する。11