現在、アメリカから日本政府に対して民営化・規制緩和の圧力がかけられている。具体的には、「民営化の見直し」がされた郵政事業の銀行事業や保険事業の参入障壁を問題視している。アメリカは保険産業のロビイングを受けていることもあり、日本への市場拡大も目指しているのだ[1]。このようなアメリカの主張は、TPPの保険業務の自由市場化と併せて行われている。なお、小泉政権時の郵政民営化時にも郵政民営化研究会が米国側の圧力があったことを認めており[2]今回も似たような構造で外圧が生じていると言える。
民営化を促進する最大の理由は経済及び企業活動の効率化と発展である。具体的には国内企業外資両方からの投資の呼び込み・海外市場へのアクセス改善・新技術やイノベーションの促進等が期待されている。これらによって、技術・ノウハウをもった企業により効率的に市場が求めるサービスを提供することができるとされている。郵政に関しても同様で、郵便物のコスト削減、個人にあった保険の多様化等が期待されている。また、現実的な理由として財政再建が挙げられる。法人税を徴収できる企業の形態に変えたほうが政府収入が多くなるからだ。事実、日本においてもこうした理由を背景に通信業務(NTT)や鉄道業務(JR)が民営化され、NTTでは民営化前と比べると長距離の通話料が5分の1になった。[3]
民営化反対派としては、ユニバーサル業務(全員がアクセスするべき公共性の高いサービス)は国が責任を持って業務を遂行すべきという理論がある。全ての国民に対し政府は責任を持っている以上、全員に平等にサービスを提供すべきという考え方である。政府とは異なり企業は利益の最大化を目指す主体であるため、あまり収益にならない対象(貧困層、地方等)を切り捨てる傾向が指摘されている。例えば、ドイツで郵政民営化を行った際大幅なコストカットの弊害として郵政業務へのアクセスが損なわれた[4]。また、民営化は大幅に雇用を脅かすとされており、NTTの民営化の際には11万人ものリストラが生じた[5]。この際特に50歳など比較的年長のリストラが目立った。
郵政民営化の経緯はどのようなものなのだろうか。小泉政権は、郵政民営化を「小さな政府」を推し進める重要な政策の一環だとした。一度は参議院で賛成108票・反対125票で秘訣されたものの、「郵政民営化の民意を問う」という理由で衆議院を解散し賛成派を大量に当選させることに成功し、小泉総理の政策支持の民意を確定させた[6]。 2007年、民主党政権時に一時期郵政民営化の審議が停滞したが、最終的には郵政民営化を実現し市場原理を大幅に導入する決定を行った。その後、民営化の問い直しが続いており、2008年に銀行業務・保険業務(ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険)の上場が見直された。また、2012年には貯金や保険にもユニバーサルサービス義務(公的側面が強い業務に関して、どのような人にも同サービスをアクセスできる値段で提供するという義務)が課された。[7][8]
前述したように民営化は賛否両論である制度だが、他国ではどのような政策がとられたのだろうか。この際留意すべきなのは、民営化・国営化は一見どちらかしか選べないようにも見えるが、実際はスペクトラムの両極端であるにすぎないということだ。言い換えると、民営化と国有化の間にあるような政策をとることが可能であり、「民営化か国営化か」という議論ももちろん可能だが、「どの程度民営化すべきなのか」「民営化と国有化の長所を共に生かすためにはどうすれば良いか」という議論も求められている。例えば、ドイツでは民営化されたDeutsche Post AG、Postbank AGが40%の雇用削減に加え大幅なコストカットを行ったが、ユニバーサルサービスを維持するために電器店・ガソリンスタンド等に業務を一部委託してアクセスを保障した。また、郵政の例からは少し離れるが水道の民営化を行う場合は民間業務に委託する際にprice cap(値段の上限)をつけることが一般的に行われるようになっている。[9]
また、民営化の理論はアメリカの要求の一環でもあり、TPPに加入するか否かの議論にもつながってくる。したがって、そちらも併せて議論を行うことが求められている。
小泉政権下から「小さな政府」を掲げる自民党は民営化に積極的である。なお、公明党も民営化に積極的で民営化遂行のため自民党と民主党の隔たりの「架け橋」を行ったとしている[10]。みんなの党はさらに積極的で、民営化を大幅に進めるべきだとしている[11]。維新の会も民営化に積極的だ。
民主党、社民党・国民新党は2009年に郵政民営化の抜本的な見直しを迫るなど慎重である。事実、同年12月には郵政株売却凍結法案を可決・成立させ保険業務と銀行業務の当面凍結をもたらした。共産党は民営化に関して「百害あって一理なし」と反対のスタンスを一貫して主張している。全員に貯金・保険・金融のユニバーサルサービスを義務付けするべきだとしている。[12]