日本では、現在人口の3%といわれる約260万人が農業従事者である(2010年データ)が、新規参入者が一向に増えないため毎年十数万人ずつ減り続けている[1]。1960年と今日を比べてみてもGDPに占める農業関係の割合は9%から1%に減少した一方で、65歳以上の高齢農業者の比率は1割から6割に急増した。人件費の高騰や非効率な生産方法の改革が上手く進まずに国際競争力も著しく失われたといわれ、カロリーベースでの食料自給率は79%から40%に低下し、2011年度にはついに39%になった[2]。こうした現状を打破しようと、2012年7月に閣議決定された日本再生戦略では、20年までの数値目標(食料自給率カロリーベース50%、生産額ベース70%、③食品関連産業の市場規模120兆円など)[3]を定め、その目標の達成に必要な改革を実行に移そうとしている。
日本の特定の農産品は、米の787%など、高い関税によって保護されている。TPP参加にともなう関税撤廃が実施されることで国内市場に海外から安い農産品が大量に流れ込み、日本の農業が壊滅的な被害を受けるとの見方は根強い[4]。安倍政権は、農地の集約化や規制緩和で農産品の付加価値を高めることで農産品の輸出を狙う政策を打ち出す一方で、民主党政権が導入した戸別所得補償から「農地を農地として維持する支援策」への振替拡充を主張し、一定の保護政策も見せる。安倍政権はTPP参加に伴い、農業の競争力を挙げることを目指すが、農林水産省は、農産品の関税が即座に撤廃され何らの対策も施されない場合、日本の農水産品の生産額が7.1兆円から約4兆円減ると試算している[5]。
福島第一原発事故で福島を含む東北地方の農業が被害にあっている。2011年のコメ、しいたけ、ほうれん草などから暫定規制値(1kgあたり500ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたとして、国の指示による出荷制限が行われた[6]。2012年4月からは新規制値(一般食品は100ベクレル)の導入で、より厳しい基準が求められている。11年に実施された県の緊急調査で100ベクレル(新規制値)超〜500ベクレル以下だった12市町村56地域では、収穫後の全袋検査や対象農家の管理等を条件に作付けが認められている[7]。農家は国のお墨付きを得て安全と主張する一方で、消費者の一部は不安を拭えていない。
日本農業は2013年3月現在、①就業者の6割を65歳以上が占める、②耕作放棄地の面積が耕地面積の1割弱に相当する40万ヘクタールに達する、③産出額が1984年のピーク時から3割減少している、などのように衰退が深刻化している[8]。長期自民党政権時代には、農業分野に対する様々な施策が実施に移されたが、農業の衰退に歯止めをかけられなかった。その理由としてみずほ総合研究所のレポートは以下の3点を挙げている。
第一に、農政が政治的な影響を受けて、競争力強化策よりも保護策の強化に傾きやすい傾向を持つ点である。農業関係者は市場原理に基づく競争主義が無造作に持ち込まれることに対して懸念を有していることが多い。選挙における農業関係者の票は、大票田と表現されることが多く、政権与党が改革に消極的にならざるを得ないという構造がある。実際に2009年の総選挙では、民主党が戸別所得保障制度の導入を発表し、幅広い農業者に直接支払いを行うと公約したことが、自民党から民主党への政権交代に至った要因の一つという分析もある[9]。
第二に、保護政策が重ねて導入された結果、農業生産技術を向上させるインセンティブを弱める構造が出来上がり、農業の競争力強化を阻む一因となったという点である。生産調整が収穫量の増大に向けた農業者の意欲を削いだり、戸別所得保障制度の導入により、小規模・兼業農家が主業農家や農業法人に貸していた農地を取り戻す動きが生じたりする等、競争力強化に相反する動きも出ている。
第三に、競争力強化を目指す施策が望まれるものの、次世代の農業者を十分に確保できない状況がある。上述の第一、第二の視点とも深く関連しており、農業を保護するための施策が、次世代を担う人材の新規参入を阻む制度としても機能しうる。結果的に農地集約や高付加価値農産物の生産などに関する新しい取り組みを行う人材も育ちづらい。例えば、現行ルールでは農業分野への新規参入を計画する企業は農地を直接購入できず、期間のあるリース方式で借りている。長期的な視点に立った経営が難しいため、企業の直接購入の解禁が必要だという指摘もある[10]。また他にも、農地を所有できる農業生産法人の認可基準が厳しいことや半数の役員に年150日以上農業従事を求めるルールが存在し、新規参入を阻む障壁として機能している。
こうした流れを受けた上で、政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)は、民間議員がまとめた農業の成長力強化策の提言を発表した[11]。企業が農地を自由に取得できる規制緩和や、農業生産法人への出資規制の撤廃を提言している。また農地法の改正も論点として上がっている。方針通りの改正がかなえば、都道府県が離農する農業者から農地を借り受けた上での農業法人等の担い手に貸し出す仕組みの整備、都道府県が耕作放棄地に賃貸の権利を設定する手続きの簡素化等が視野に入れられている[12]。
共産党は、農産物の価格保証・所得保証の抜本的な充実を掲げ、TPP交渉参加にも否定的な姿勢を見せる。社会党は、戸別所得保証制度の法制化・拡充を主張し、TPP交渉参加には断固反対と主張している。
民主党は、2009年総選挙のときに掲げた戸別所得補償はトーンダウンし、進行中の政策を継続するという表現が目立つ。マニフェストではTPP交渉参加には直接は言及せず、アジア太平洋自由貿易圏の実現を目指して「FTAなどと同時並行的に進め、政府が判断する」という表現に落ち着いている。最近は自民党のTPP交渉参加に懸念を有している議員もいる[13]。そして生活の党は、マニフェストでは農業分野に関する政策はほとんど見られなかった。雇用を創出するという表現に留まっていることから中間よりの保守派と位置づけた。
自民党は、農林水産予算の復活や戸別所得保証制度の振替拡充を掲げており、保守寄りの中間と言える。安倍政権は、2013年4月にTPP交渉参加を決定し、早ければ7月から実際の交渉がスタートする状況である。万歳章JA会長はこれに対して懸念を表明しており、政権側と農業組合側の溝は埋まっていはいない。公明党は、戸別所得保証制度をベースにした保障制度の継続を主張するが、就農前研修の充実や農地確保等を積極支援する姿勢を打ち出している。
日本維新の会は、農協法改正により競争原理導入に積極的で、戸別所得保障制度の対象も専業農家に狭く限定する方向性を掲げる。TPP交渉参加にも積極的な姿勢で臨んでいる。みんなの党は、株式会社の農業への新規参入を可能にする施策を打ち出し、輸出増を狙う。TPP交渉参加にも積極姿勢を見せている。