デジタル化、ネットワーク化等に代表される情報化の進展は、私たちの生活を豊かにした一方で、知的財産権をめぐる多くの訴訟や論争を世界的な規模で生み出している。例えば、2007年バイアコムとグーグルの間のYouTubeへの違法投稿をめぐる著作権訴訟は、その10億ドル以上の損害賠償が争われたという点で注目を浴びた[1]。バイアコムは、自社の娯楽番組から取得した大量の不正映像がYouTubeで配信されているとして、YouTubeの親会社であるGoogleを著作権違反で訴えた。バイアコム側にも一定の説得力はあったものの、2013年4月にはYouTube側に二度目の軍配が上がった[2]。
著作権には私的複製の例外があるため、たとえ海賊版からのコピーでも個人や家庭内で楽しむためならば許される。だが近年、デジタル化の流れによって私的複製が大量かつ高速に行われるようになり、正規品の売上高減少を懸念する創作者との摩擦が大きくなっている。日本でも、特に猛威を振るうオンライン海賊版への対策に乗り出すため、2010年にはダウンロード違法化に関する著作権法改正が施行された。この改正著作権法では、違法にアップロードされた音楽と映像について、その事実を知りながらダウンロードする行為が私的複製の範囲から除外され、違法となった[3]。更に、2012年6月には、違法ダウンロードには最高懲役2年などの刑事罰を課する著作権法改正が国会を通過した。ただ違法アップロードの容疑者の摘発及び逮捕は行われているが、違法ダウンロードの逮捕者は未だ出ておらず、実効性に欠けるとの指摘もある[4]。
各種報道機関の発表によれば、TPP交渉で参加国が重要視する分野の一つに知的財産権がある。TPPで米国が提案しているとされる知的財産関連の主な条項は、①著作権保護期間の20年延長、②著作権侵害の非親告罪化(創作者からの公訴が無くても、検察官が独自判断で起訴できる)、③著作権侵害に対する法廷賠償金の導入、などが挙げられる[5]。アメリカにとって知財分野は自動車や農産物をしのぐ最大の輸出産業であり[6]、統一ルールの構築に力を注いでいる。上記の条項は、アメリカ側に非常に有利な内容として危険視する専門家がいる一方で、特許出願の統一ルールが確立されれば、企業側の負担は大幅に軽減され「ものづくりニッポン」にとって海外進出の追い風となると主張する専門家もいる[7]。
知的財産基本法によれば、知的財産権とは、発明、著作物または商標などの知的財産を権利として保護したものであり、特許権、著作物、商標権、不正競争防止法上の営業秘密等の総称である。
知的財産制度の重要性が高まっていた1960年代後半、コモンズの悲劇という論文が注目を浴びた。ある共有地が誰もが自由に使える場所である場合、何の制約もない状態の下で個々人が自己の利益最大化を目指せば、使用者全員が被害を被るコモンズの悲劇が生じる。知的財産権にも同様に、もし知的所有物を守る仕組みが存在しない場合、誰もが他人のアイデアを無断で使用し、自己利益を追求することができる。そうした状況では、誰もが新しいコンテンツを作ろうとはせず、社会の発展も阻害されてしまう。
上の論理から、知的財産制度の必要性が認識され、制度構築が進んだが、近年になって知的財産制度の負の側面も指摘され始めている。例えばバイオ研究分野に関しては、川上の基礎研究部門における特許の濫立は、川下の最終製品(例えば、医薬品)の開発を阻害し、ライセンス条件により川下に多大な負担を強いる側面がある。こうした緊張関係の中、権利の保護(=新たな創造への投資のインセンティブ)と利用の促進(=創造の果実の社会による享受や再創造への活用)のバランスは、ますます重要さと困難さを増している[8]。
このように研究ライセンスにまつわる問題だけではなく、近年では大規模なデジタル化の潮流の下、ファイル交換ソフトやダウンロードサイト等を介したオリジナルのコピーが氾濫している。コンテンツ産業の縮小に危機感を持つアメリカを筆頭に、知的財産権を強化する国内法や条約を推進する動きがある[9]。
日本でも大企業では知財部門が当然に設置されるようになった現在でも、知財戦略をきちんと使いこなす企業は少ない[10]。海外では、アニメ放映などのメディア利用とキャラクター商品の販売戦略を連関させる得意のビジネスモデルの展開に苦労し、中国などでは違法コピーの「海賊版」や模倣品が大量に出回っている[11]。特に音楽CDを筆頭に、日本のほとんどの文化•コンテンツ産業の売り上げはこの10年ほど、微減もしくはほぼ横ばいに留まっている。日本の知的財産が不法に使用されることなく、適切に海外からの収益を増やして行くために、知的財産制度をどう海外戦略の中に位置づけるかも近年では重要になってきている。
各政党の政策を見ると、自民党と公明党のマニフェストには知的財産権に関する記述が多いことが分かる。ただ自民党と公明党の政策でさえも、抽象的な表現に留まる場合が多く散見され、知的財産戦略の重要度の低さが伺える。知的財産制度に関しては政党間の政策論争が見られなかったので、各政党の選挙公約を以下に整理する。
民主党は知財の市場規模を9.3兆円に拡大すると記述するものの具体的な方策には言及がない。自民党は、日本知的財産(アニメ、技術など)を海外に積極的に発信するための法整備の必要性にも触れる。社民党は、クールジャパン戦略を雇用創出の一環として捉えている。
みんなの党は、日本文化の輸出を伸ばすための支援を積極化するという方向性の明示に留まっており、社民党は上述のように、クールジャパン戦略を雇用創出の機会として捉えるという記述のみである。共産党は、著作権者の権利保護の必要性を訴えかける記述は一定程度あったが、政策を提示したものではなかった。