安倍内閣は最初に憲法の改正要件を規定している96条を最初に改正した後に本格的な改正に取り組んでいく予定である。96条は衆参両院の2/3が賛成することで国民投票に付され、国民投票の結果50%以上が賛同した場合に改正される。自民党改正案では衆参両院で必要な割合を2/3から1/2に引き下げることを盛り込んでいる。改正内容には武力行使を放棄した9条をはじめ、前文が改正される。他にも多くの条文に2項が付け足されるなどの変更がある。
現行の憲法は「公共の福祉」に反しない限り、国民の自由を広く認めている。自民党憲法改正案では「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」という文言に変わり、政府がより国民の自由を規定しやすい文言になった。また多くの条文に新たな項が新設され、自由を限定している。例えば現行の憲法21条は「集会、結社及び原論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」[1]とあるが、自民党憲法改正案ではこれに新たに2項が作られ、「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社することは、認められない」[2]という文言が足されている。
自民党改正草案第八章では、「地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める」、「地方自治体の経費は、条例の定めるところにより課する地方税その他の自主的な財源をもって充てること基本とする」など、地方の中央からの財政的な独立を保障し、事実上地方分権への道を切り開いているものになっている。
自民党の改正草案では現行の9条2項の軍隊の保持を禁止する項目を削除し、代わりに戦争放棄は自衛権を妨げるものではないとする新たな2項を作った。元々自衛は認められている為、この項目は集団的自衛権発動の為に盛り込まれたと考察される。[3]これにより自衛隊は米軍やアメリカ本土に向けた攻撃に対して自衛権を行使出来るようになる。また、国防軍の組織も明記されており、自衛隊より権限が拡大された軍が組織されることになる。
憲法は元々権力から人民の諸権利を保証する法的枠組みである。これは一般的に権利を保障するという意味だけではなく、民主主義制度で権力を握る多数派に好き勝手な振る舞いをさせないための装置となっている。憲法の改正要件が2/3と他の民主的決定よりハードルが高くなっているのは、この為である。今回の安倍政権はこの改正要件を1/2、つまり単純多数決と全く同じ条件で改正出来るように改めようとしている。だが人民の権利を保障するものを柔軟に変えるということは、権力者が自らの制約を軽んじているという意見もあり[4]、改正要件をめぐってもまだ議論は続きそうである。
また上でも述べたようにこの憲法改正は国家の権限を大きく強化する事にもなる。自民党改正草案では「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に置き換えている。これに対し日本自由法曹団は「(公益及び公の秩序は)『公益の福祉』とは異なり、抽象的な価値を根拠に人権を制限することが許されることにな(る)」[5]としており、ここでも「権力者が自分に都合よい法律を勝手に作って、国民に不利益を与えないために定められたルール」[6]という定義から離れるものとなっている。一方で自民党は、公益及び公の秩序という表現は「憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかに」[7]する為の表現であると主張している。
また、今回9条をめぐる動きも争点となっている。9条改正は防衛と国際貢献という二つの側面から捉えることができる。現行の9条の文面では自衛隊の活動は非戦闘地帯での後方支援活動に限定されている。例えばイラクではサマーワでの水道管整備を行った。9条が改正されれば、自衛隊のPKOなど国際活動におけるより広範な行動が可能となる。[8]
防衛面でいえば、集団的自衛権が最大の問題である。アメリカをはじめとする同盟国を対象とした攻撃を日本が防衛できるのが、集団的自衛権である。例えばアメリカの戦艦に向けて攻撃があった場合、この攻撃は日本を標的としていないため、現行の憲法では自衛隊がこの攻撃を防ぐことは出来ない。9条を改正すれば、法整備によって集団的自衛権も行使することが可能となる。[9]
集団的自衛権は、今まで「保持しているが行使できない」[10]というスタンスを取ってきた。しかし日米安全保障条約では「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」[11]とあるように、既に集団的自衛権の行使を認めており、改憲をしなくても問題ないのではないかという意見もある。
一方で、この憲法は地方分権を推進するものとして期待されている。特に今まで中央集権的な政治の非効率とそれからの脱却を訴えていた日本維新の会の橋下氏などは、この動きを全面的に押し出している。[12]地方分権により地方の財政負担が軽減される他、地方による自己決定の範囲が広がり、住民要望により応えることが出来る。[13]
自民党、みんなの党はそれぞれ概ね自民党が作った憲法をベースに改憲を唱えている。つまり改正要件の緩和、愛国心に関しての条項などが改正に入っている。
日本維新の会は少し特殊であり、首相公選制、道州制の導入など地方分権に重きを置いた憲法改正を訴えている。
公明党は自民党と参議院選挙で選挙協力するため基本自民党に賛成することになるが、山口代表は96条について安倍総理大臣を緩やかに牽制する動きも見せている。
民主党、共産党、社民党それぞれほぼ同じスタンスを取っているが、反対の度合いに温度差がある。民主党は緩やかに反対している一方、共産党と社民党は断固反対している。反対理由としては、少数派意見の抹殺、国家権力の増大などの理由である。
小沢代表はより議論が必要と述べており、改憲に賛成の立場も反対の立場も示していない。